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東京国立博物館特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」 鑑賞会 開催   






書道部 東京国立博物館特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」 鑑賞会   開催






書道部では2月11日午後、東京国立博物館特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」 の鑑賞会 を行いました。







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youtube 東京国立博物館 特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」紹介
(東京国立博物館が公開している動画ですが、音声はありません)










【特別展の鑑賞を終えて】

今回の顔真卿展は6章にて構成されていました。


まず、第1章「書体の変遷」では、篆書[てんしょ]から隷書[れいしょ]へ、隷書から楷書へと進化を遂げた変遷が紹介されています。



次に、第2章「唐時代の書 安史の乱まで」
第3章「唐時代の書、顔真卿の活躍」では、安史の乱で唐時代を区分し、唐時代の書の全貌が紹介されています。



そして、第4章「日本における唐時代の書の受容」、第5章「宋時代における顔真卿の評価」、第6章「後世への影響」では、顔真卿の書や唐時代の書が、日本や後世へどのような影響を与えたのかが紹介されています。



6章構成の顔真卿展のみどころは大きく3つありました。


①楷書の美しさを徹底解析!

②天下の劇跡「祭姪文稿」[さいてつぶんこう]の魅力に迫る!!

③王羲之神話の崩壊をたどる!!!



また第2室の「楷書の美しさを徹底解析!」では、日本人が書の古典の名品がズラリと展示され、書道の教科書に掲載されている名筆や法帖の本物を見ることができました。



展示された名品の漢字の書体については、私たちが日常使用している楷書により焦点があてられ、漢字は秦時代の篆書から漢時代の隷書へ、隷書から楷書へと進化してきましたが、楷書が完成してから1000年以上経た現在においても公式の書体は楷書のままです。
今回の特別t連では数々の楷書の名品が展示され、読みやすさ、書きやすさ、美しさの要素を満たす「楷書の美しさ」が見事に展示されていました。



そして一番のみどころ「天下の劇跡『祭姪文稿』の魅力に迫る!!」でした。

今回、台北 國立故宮博物院所蔵の「祭姪文稿」は日本で初めて公開されたもので、
所蔵先の台北 國立故宮博物院でも2012年に台北で展示して以来公開していないため、本展で見逃すと当分の間見ることはできないであろう貴重な作品です。



この「祭姪文稿」は顔真卿が亡き親族を供養した文章の草稿で、悲痛と義憤に満ちた心情が紙面に溢れています。
最初は平静に書かれていますが、感情が昂ぶるにつれ筆は縦横に走り、思いの揺れを示す生々しい推敲の跡が随所に見られます。多くの方がその迫力に圧倒され、きっと「祭姪文稿」に釘付けになったと思います。
唐時代の名家が書いた肉筆がほとんど失われた中、歴代皇帝の庇護のもと、奇跡的に残された「祭姪文稿」は、世界の頂点を極めた唐時代の文化の精粋をまざまざと伝える名宝として、ひときわ大きな存在感を示す書です。



今回見逃すと、日本でも台北でもこの真跡を直接見ることはできないだろうと言われている名品です。


高等学校の書道史の授業では、顔真卿の書の評価は、北宋時代になると、王羲之のそれに比肩しうる人物として定着しまてきたと扱います。
そしてさらに時代が進むと、顔真卿の肉筆は少数ながら伝わるものの、王羲之の肉筆は学ぶ対象の数が少ないことから、ほぼ皆無となってしまうことに加え、次第に肉筆が存在しない王羲之の書法を学ぶよりも青銅器や石碑の文字を学ぶようになるという、いわゆる金石学によって王羲之神話が崩壊するという過程も授業では扱います。
今回の特別展でもそのことが詳しく紹介されていました。



このように王羲之神話が崩壊したことと、顔真卿の楷書が書の入門として多くの支持を受けるようになったことを考え合わせると、展覧会タイトルの副題のとおり、顔真卿は「王義之を超えた名筆」と言うことができると考えられます。



書はわからない、読めないから、作品に興味が涌かないという方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、「祭姪文稿」をはじめ、作品には筆者の魂、形を超えたオーラが込められています。

書が読めなくても、真剣に見れば何かを感じ取れるはずでしょう。

このように、本展は書を知っている人にはもちろん、書を知らない人でも、書の美しさやそこに込められた思いを感じ取れる貴重な機会となると強く感じました。



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【1月19日(土)本校後援会書道部(保護者書道部)展覧会鑑賞行事:東京国立博物館平成館での特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」 鑑賞会 の様子を合わせて紹介いたします】





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唐時代の書の大家、顔真卿(がんしんけい:709-785)は初唐の三大家とは異なる美意識で、後世にも大きな影響を与えました。
今回の展覧会は、書の普遍的な美しさを法則化した唐時代を中心に、書の名品を国内外から集め、その展示や紹介をより体系化し、歴史的にも文化的にも精選された名品のみを展示する企画としてたいへん話題になっています。



後援会書道部ではこの展覧会の鑑賞会のために昨年12月8日(土)に本校書道教室で顔真卿に関する内容と今回の展覧会の見所などの鑑賞前の事前の学習を行い、1月19日(土)に東京国立博物館での展覧会の鑑賞に臨みました。





【展覧会概要】



名称  特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」

会場  東京国立博物館平成館 特別展示室   
期間  2019年1月16日(水) ~ 2019年2月24日(日)

内容

東京国立博物館で書をテーマにした特別展が開催されるのは6年ぶりのことです。
2013年には年始に「書聖 王羲之」、夏に「和様の書」が開催されて以来の特別展です。

中国の歴史上、東晋時代(317-420)と唐時代(618-907)は書法が最高潮に到達しました。

書聖・王羲之(おうぎし、303-361)が活躍した東晋時代に続いて、唐時代には虞世南(ぐせいなん)、欧陽詢(おうようじゅん)、褚遂良(ちょすいりょう)ら初唐の三大家が楷書の典型を完成させました。

そして顔真卿(がんしんけい、709-785)は三大家の伝統を継承しながら、顔法と称される特異な筆法を創出します。

王羲之や初唐の三大家とは異なる美意識のもとにつちかわれた顔真卿の書は、後世にきわめて大きな影響を与えました。


今回の展覧会は、書の普遍的な美しさを法則化した中国の唐時代に焦点をあて、顔真卿の人物や書の本質に迫っています。

また、後世や日本に与えた影響にも目を向け、唐時代の書の果たした役割などが詳しく紹介されています。





(今回の特別展のチラシ)



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【今回の特別展の展示内容について】


まずは書体の変遷の展示が行われています。
秦の始皇帝が中国を統一し、公式書体として「篆書(てんしょ)」が確立。簡略化したのが「隷書(れいしょ)」。
さらに実用的な速書きとして生まれたのが「草書」や「行書」。
公式書体の最終形である「楷書」は、現在でも漢字の標準体です。


王羲之をこよなく愛したのが、唐の第2代皇帝・太宗です。全国に散逸していた王羲之の書をかき集め、最高傑作「蘭亭序」は自らの陵墓に陪葬。約300年前の書家が「書聖」として神格化されます。

初唐の三大家である虞世南、欧陽詢、褚遂良(ぐせいなん、おうようじゅん、ちょすいりょう)は王羲之の書法を継承。楷書の典型を完成させました。

そして、顔真卿の登場です。顔真卿は唐王朝のために、終生に渡って尽くした官僚でした。形骸化しつつあった王羲之の書法に対し、自らの情感を書に表す気運が高まる中、顔真卿は見事な書で応えていきます。

展覧会の白眉が《祭姪文稿(さいてつぶんこう)》。
内乱の犠牲になった従兄の子を供養する文章の草稿で、悲痛と義憤に満ちています。顔真卿の肉筆は世界に数点のみ。台北國立故宮博物院から、堂々の初来日です。



前述のように中国の歴史上、東晋時代(317-420)と唐時代(618-907)は書法が最高潮に到達しました。
書聖・王羲之(おうぎし、303-361)が活躍した東晋時代に続いて、唐時代には虞世南、欧陽詢、褚遂良(ぐせいなん、おうようじゅん、ちょすいりょう)ら初唐の三大家が楷書の典型を完成させました。
そして顔真卿(がんしんけい、709-785)は三大家の伝統を継承しながら、顔法と称される特異な筆法を創出します。
王羲之や初唐の三大家とは異なる美意識のもとにつちかわれた顔真卿の書は、後世にきわめて大きな影響を与えることになります。


今回の顔真卿展は、書の普遍的な美しさを法則化した唐時代に焦点をあて、顔真卿の人物や書の本質に迫り、さらに後世や日本に与えた影響にも目を向け、唐時代の書の果たした役割などが体系的に詳細に紹介されています。

さらに日本における唐時代の書の受容については、三筆(空海・嵯峨天皇・橘逸勢)、三跡(小野道風、藤原佐理、藤原行成)の国宝・重要文化財が並んでいます。




顔真卿の書は、宋時代になって評価が高まります。人間性と書が結び付けられ、より個性的な書が尊ばれました。

その後も、伝統的な書と個性的な書は消長を繰り返しますが、王羲之の書は真跡が存在しない事もあり、ついに神話は崩壊。野趣あふれる書風が主流になっていきました。


この特別展のチラシなどでは《祭姪文稿》に大きくスポットがあたっていますが、見逃せないのが「李氏の四宝」です。

李宗瀚(1769~1831)による拓本コレクションの中から選ばれた4種の孤本(拓本がひとつしかないもの)で、門外不出の逸品です。4種がそれぞれ独立ケースで展示されています。





保護者後援会書道部での1月19日の鑑賞会の様子です





東京国立博物館入口




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開館時間後に平成館まで誘導され特別展の入館となりました




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平成館1階からいよいよ展示会場へ




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展示会場では写真の撮影などは禁止でしたが、唯一「記泰山紀」の拓のみ撮影可となっていました。




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第2会場の入口です




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1階で集合写真を撮影しました




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平成館を出て、東洋館に向かいます。
併設開催の『王羲之書法の残影―唐時代への道程―』の見学を行いました。





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王羲之書法の残影―唐時代への道程― 


東洋館 8室   2019年1月2日(水) ~ 2019年3月3日(日)

王羲之(おうぎし)が活躍した東晋時代と、顔真卿(がんしんけい)が活躍した唐時代は書法が最高潮に到達した時代でした。ここでは、両者の架け橋となる南北朝時代と隋時代の書に注目しました。



時代を先取りした王羲之の前衛的な書は、南北朝の書に深い影響を与えました。
東晋の後、貴族の勢力が強い南朝では、強大な王朝は出現せず、宋・斉・梁・陳の4王朝が数十年間で次々と交替しました。
その全盛期は、48年にわたって君臨した梁の初代皇帝・武帝(ぶてい)の時代です。南朝には、王羲之・王献之(おうけんし)による洗練された書が脈々と継承されていました。



一方、北朝には北魏・東魏・西魏・北斉・北周の5王朝が興亡しました。
150年も存続した北魏に対して、他の4王朝はいずれも短命でした。
北魏の書は、はじめ魏晋の古風な書に胡人の意趣を盛り込んだものでしたが、洛陽(らくよう)に遷都してからは、当時の南朝の書風に影響を受けた、雄偉で構築性に富んだ書風となりました。



やがて西魏が梁の都の江陵(こうりょう)を陥落すると、南朝の書風が北朝に流入します。そして589年の隋の統一によって、南北で育まれてきた書風はさらに融合し、唐時代の理知的で美しい書が生まれるのです。



この展示は台東区立書道博物館(1月4日~3月3日)との連携企画第16弾です。特別展「顔真卿 王羲之を超えた名筆」(1月16日~2月24日、平成館)とあわせて、中国の書の世界を楽しむことができました。







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予定された特別展を見学し、東京国立博物館をあとにしました。





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1月15日内覧会での公開された際のSNSやwebサイトの記事のURLとそれらの記事に掲載された画像を紹介します。





東京国立博物館特別展紹介記事

Yahoo!ニュース

インターネットミュージアム


(下記の画像3点は上記のWEBサイト記事や特別展の紹介ブログに掲載されたものです)



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