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学校生活

校長室だより

2012年10月の校長室だより

 

 聖徳大学附属小学校

校長  佐藤 幸雄

 感謝の言葉をまず述べたいと思います。午後からの雨が予想されました。実際降ってきましたが、草地から車が出にくくなるほどの降雨までには至りませんでした。一斉メールで車でのご来校の自粛を呼びかけましたが、ご協力いただいた方々も多かったと存じます。ありがとうございました。後援会評議員、聖徳祭実行委員の皆様には丸二日間(実際には諸準備でもっと多くの日時を費やして)聖徳祭成功に向けて今年も気持ちよくさまざまにご配慮をいただきながら尽力していただきました。大きな感謝を感じております。ありがとうございました。そのほかの保護者の皆様にも各催し物で決められた時間お手伝いをいただきました。第1回から続いている全児童、全教職員、全保護者でつくり上げる聖徳祭を今回も実現することができました。ありがとうございました。第Ⅲ期の教育実習生の献身的な仕事ぶりにも感謝します。ありがとうございました。ほかにもいつも駐車場を貸してくださる附属女子中高、電気空調管理でお世話いただいているメンテナンスの方々、たくさんの車の誘導整列、正門警備で安全安心を守ってくださっている警備員の方々、この日のためにこまかな場所のお掃除もしてくださった清掃の方々、臨時バスを出してくださる京成バス、ほんとうに多くの人々に支えられて成功できた聖徳祭。心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。

 日曜日は、舞台発表の初めから客席はびっしり埋まっていました。児童も発表し甲斐のある満員のご来場でありました。閉会の校長からのお礼の言葉でもふれましたが、和の心を掲げる小学校として誇れるに足る内容で開催できたことをうれしく思っています。この成果を以後の学校生活で生かして、「人間教育を根幹とする」学校としてふさわしい聖徳の子を育てていくべく努力していきたいと決意を新たにしているところです。

 その私のお礼の言葉では、リニューアルオープンされた大学の建学記念館に刻まれた前学園長であり本校創立者・故川並弘昭先生の「信念」を紹介いたしましたが、実はこの話題選びはあいさつ直前のとっさの思いつきでした。別に用意した材料があったのですが、なんとか正午前には児童の退場を完了したいと発破をかけていましたので、私だけ長い話をするわけにはいかないなと急遽内容を変更した次第です。しかし、自らボツにした話題も紹介しないのは惜しい気がしますので、この場を借りてお話させていただきます。

 七夕まつりの時に、全校朝会で児童に示している「月曜名句」のように村上鬼城の七夕の俳句を会場で紹介しました。それにならって聖徳祭でもやってみようと考えました。紹介したかったのは本校卒業生が平成12年6年生のとき聖徳祭が終わってつくった短歌です。内容から考えて閉会のあいさつで見せた方がよいだろうと判断していました。

「手話のあとまっくらな中ポツポツとビデオの光35こ」 (富沢 由:とみさわ ゆいさん)

 全校ページェントのあと、静かに閉会のよびかけがあり「さようなら」が歌われます。2番は手話をつけ歌うなか会場の照明が少しずつおちていき、最後はしっとりと深い闇が訪れてきます。照明の先生方の腕の見せ所ですが、この時、舞台の子ども達には真っ暗な中、保護者の撮影するビデオの赤い光がとても印象的に目に入ってくるのです。赤い光は一番透過力のある可視光線ですから小さくともはっきり鮮やかに見えるわけです。それが客席のあちこちから発せられてくる。この情景は富沢さんでなくても多くの児童の記憶に残っていくものでしょう。この印象を6年生として小学校最後の聖徳祭の記念として一首詠んでみたのでしょう。

 イメージが鮮明に蘇るこの短歌を今になっても紹介できるのは、本校が大切にしている伝統の舞台発表プログラムが現在も引き継がれているからにほかなりません。当日、卒業生も大勢訪れて来てくれました。中には子ども連れの卒業生もいました。皆、和のカード、喜びの歌、さようならの歌などを懐かしく振り返っていたと自身も本校卒業生である全ペ全体指導者菊地先生が顔をほころばせて報告していました。



 

聖徳大学附属小学校

校長  佐藤 幸雄

①    春 てふてふが一匹韃靼海峡を渡っていった 安西冬衛 5月1日(火)全校朝会

②    春風や闘志いだきて丘に立つ 高浜虛子 5月7日(月)全校朝会

③    万緑の中や吾子の歯生え初むる 中村草田男 5月28日(月)全校朝会

④    雨が空から降れば思い出は地面にしみこむ 詩 別役実 曲 小室等 6月13日(水)全校朝会

⑤    七夕や笹の葉かげの隠れ星 村上鬼城 7月7日(土)七夕まつり

⑥    心臓に梅雨前線つきささる 田中寿明(本校児童作)7月9日(月)全校朝会

⑦    ひっぱれる糸まっすぐや甲虫 高野素十 7月20日(金)1学期終業式

⑧    しんしんと肺碧きまで海の旅 篠原鳳作 9月1日(土)2学期始業式

⑨    石山の石より白し秋の風 松尾芭蕉 9月10日(月)全校朝会

⑩    名月を取てくれろと泣く子かな 小林一茶 9月18日(火)全校朝会

⑪    蟋蟀が深き地中を覗き込む 山口誓子 9月24日(月)全校朝会

⑫    黒土や芋の下総丘まるし 秋本不死男 10月9日(火)全校朝会

⑬    秋の航一大紺円盤の中 中村草田男 10月15日(月)全校朝会

⑭    彼一語我一語秋深みかも 高浜虛子 10月22日(月)全校朝会

 以上は、毎週月曜日とはいきませんが、また毎回俳句ばかりではありませんが、子ども達に全校朝会で紹介してきた日本の名句です。ご覧のようにすでに14句にもなりました。ちょっとした名句アンソロジー。最近87歳で亡くなった丸谷才一氏はそれまでの私小説的な日本文学を刷新した小説家でしたが、その仕事をしのぐような批評家としての仕事にも大きな足跡を残しました。昨年の文化勲章もその二側面に対しての受賞だったはずです。氏の批評家としての業績の一つに日本の古今集以来の勅撰和歌集礼賛がありました。日本には古来より言霊の幸わう国として和歌の勅撰集編纂つまり国を挙げて詩歌のアンソロジーを編集してきた伝統があります。丸谷氏はその伝統を高く評価して、自身でも21代の勅撰和歌集を中核として古代から近代までの日本文学史を構想したこともありました。

 氏はアンソロジー好きだったのですね。私もそんなひそみにならって、というといかにも意味ありげですが、なにより子ども達に日本文化の一典型たる俳句の富を、五七五が持つことばの精髄を心に蓄えてもらいたい、そして自分の感性や美意識の芽を育ててもらいたいと願って4月より名句の紹介を始めたのでした。

 私には一つ一つの作品にも思い入れがあるのですが、選者の特権として、一つの句から次の句へ転じる転じ方が忘れられません。今日紹介したその句が一週間後次の句を呼び出すような感覚があるといったらかっこよすぎるでしょうか。私の中でこの14句は繋がりあっているのです。自分でもこれまでまったく予期していない組み合わせが生まれていることをおもしろがっています。その未知へのおもしろ味が「月曜名句」を継続する原動力にもなっているようです。長年朝日新聞で「折々のうた」を連載していた大岡信氏も、日々取り上げる詩歌のつながり具合の連想を楽しんでいるとの文章を書いていたことを思い出しました。

 聖徳祭が今週末に近づいて、寺本教頭先生からの勧めもあって一つの趣向を思いつきました。全校児童に示すために毎回稚拙な習字で紹介句を書いてきたことが役に立ちます。趣向とは、ふれあい広場に張り出して暗唱してもったり、好きな俳句を投票してもらったら少しでも愛着を持ってもらえるのではないかということです。文化祭である聖徳祭の趣旨にも外れてはいないでしょう。胸の奥に日本の詩句が生きている。なんと心豊かなことでしょう。

 さあ、児童のみなさん、(そして保護者の皆様も)あなたはいくつ暗唱できますか?どの俳句が気に入りましたか?



 

聖徳大学附属小学校

校長   佐藤 幸雄

 

 こんな話を聞きました。一回は少し前の附属第二幼稚園の運動会の時(本校体育館で行いました)。もう一回は先日の内部進学入試の時でした。どちらも本校のお母様からでした。どちらも私にはたいへんうれしいお話であったのですが、子どもの心の中は見えないものだなあという感想がそれぞれの時に浮かびました。続けて同じ思いを経験しましたので、次回の「響き」には、子どもの内面について書いてみようと思ったのでした。

 話というのは、朝の校門でのあいさつのことでした。私が日常的に児童とふれあうことの一番よい機会ですので、なるべく名前を添えてあいさつをしています。決まった時間帯なので校門で会えない子もいるはずですが、続けていると短い時間のなかでも心の交流が叶うことがあります。そんな中で、教員からもさまざまな報告が上がってきていますので、その当事者の児童にはなるべくその出来事に応じた声かけを心がけています。1回目の保護者の話では、友達との関係でけがをしてしまった我が子に校長先生が何度も朝、声をかけてくれたことが本人にはとても勇気づけられたことであったとの話しでした。2回目の話はまったく別の児童なのですが、校長先生はちゃんと目を見てにっこりあいさつしてくれるんだと喜んで家で話すのですよという内容だったのです。

 話を聞いてどちらも子どもの顔は思い浮かびますし、その情景も覚えています。しかし、その子たちがそんなにも心の中で具体的に言葉で意識して喜んでいたのだということは迂闊にも見取れませんでした。よいことであるので子どもの内面の見落としがあってもさしつかえないことではありますが、さまざまなことを考えました。

 子どもは自分の情動や都合で自分の内面を相手に出してくるものです。全体状況を考えたり、自分の内面を一段高いところから見つめてとか、相手の気持ちを想像したりとかして自分の内面をコントロールして表現してくるように成長するのはそれこそ教育の役目です。自己中心的な世界観が自己相対的な世界観に発達を遂げていくように導いていくのが小学校教育の大切な部分です。そのために私達は、そのような過渡期にある子どもの内面に寄り添い、子どもの心を受信できる感受性を高めていかなければなりません。子どもは無意識に周囲に信号を発しています。その信号に敏感に反応することが重要になります。

 またまだ幼くてわかっていないかというとそんなことはなく、子どもは私達の態度、言葉を敏感に感じていることを忘れてはなりません。しかし、その感じていることを相手に伝えようとの配慮はまだ学習していないので内面を表わしてこないことが多いのです。私にも経験があります。こちらの話を聞く態度がこちらの思い通りにならないからといってさらに怒鳴って関係を一層悪くしてしまったり、子どもの内面の変化を見落としてしまって立ち直る機会を逸してしまったりがあったことを苦く思い出します。あるいは、叱っている一人の子どもに真摯に話している時に、はじめは視線も合わさず体もゆすって落ち着かなかった子が、こちらのある言葉が心の琴線に触れたのかそれからは視線を向けてきて、目に涙をためて体の緊張もなくなって耳を傾けてるのがわかる場面。そんな人生の黄金場面に立ち会えたこともあります。

 私達も子ども達も関係の中で変容していくのです。私達の心に複雑で矛盾にも満ちた豊かな思いがあるように、子どもにも善も悪も美も含めた混沌とした内面世界のあることをやさしく愛をもって見つめていきたいと思います。そして、子どもの教育者であれば、心の安定や安心がはかられた時、そして自分の居場所が仲間の中にできた時には、その子のよさや可能性が外に出現されてくることは信じていきたい。だからこそその状況を生み出していきたい。そう思います。

 何かはじめの話から大きな事柄になりすぎたようですが、二人の女の子が朝の私との束の間のふれあいでうれしがってくれたというお母様のお話が私に大切なことをふりかえさせてくれました。ありがとうございました。 



 

 

聖徳大学附属小学校

校長   佐藤 幸雄

 小笠原流礼法は挙措動作の基本として「ながら族」を嫌います。~しながら・・・することは、・・・の心が真に相手に伝わらないとして避けるのです。礼の基本としてのあいさつの言葉と立礼の時でも、まず言葉を相手に届けてからそのあとに静かに心をこめて礼をするというのはご存じの通りです。これは小笠原流礼法を知っているかいないかがわかるメルクマールですね。(まあ、礼法を知っていることをこのように誇らしげに言うのは慎みのないことでありまして小笠原流に反することになるわけですが)

 ともかく、その相手を大切に思う心を理解して実際に動作を分けてやってみるとすこぶるよいものでありまして、自らの心も品のある清らかな気持ちになれることは小笠原流礼法を学ぶ者達としてご同意をいただけるのではないかと思います。

 その精神の流れが歩きながらのごあいさつにもゆきわたっているのです。本校では、1年生の初めから目上の人に会った時には立ち止まって礼をすることを教わっています。私はこれまで不勉強にもこれは本校の礼法を極めた師範の先生だからこそできる「高級な」あいさつで、私のような無礼な輩がやってはおこがましいような恥ずかしいような気持ちでいました。しかしそうではなく、礼法のカリキュラムには昔から位置づけられて子ども達は学んでいたのですね。この春から校長になって朝校門に立って児童や中高生、通りかかる方々にあいさつをしていると、とくに新入生である1年生が明るい声で私にあいさつすると、立ち止まって足をきちんと揃えて礼をする子がいるのに遭遇したのです。これには驚きました。された方はなんともうれしいものでありました。これは本校のあいさつにふさわしいと直観しました。すぐ全校朝会などでこのことを紹介し、児童達にもあらためてこの「停止礼」を勧めました。すぐ響いて反応してくれる子が各学年に出てきました(もともと指導されていたのがまだ日常化していなかったことになるわけですが、気になっていた子もいたのでしょうね)。私もさっそく心がけてするようにしました。職員室の終礼でも先生方に勧めてみました。しかし、やってみるとわかるように停止して礼をするというのは存外むずかしいものです。あっという間にその機会が過ぎてしまうのです。離れたところで相手を認められるとうまくできるのですが。

 「停止礼」などと使いましたが、実は小笠原流礼法の礼の名称にはありません(勝手につくってすみません)。礼には立礼と座礼があり、立礼には「会釈」「敬礼」「最敬礼」があるそうです。そして私が停止礼と呼んでみた礼は「行き会いの礼」としてその配慮が形になっています(小笠原敬承斎先生著 『図解 美しいふるまい』1999年 淡交社刊より)。今回「響き」にこの礼の勧めを書こうと思い、低学年の礼法の先生である坂口先生に質問してみました。

 あらたまった名称はないこと、目上の方に対して行う礼であること、立ち止まって道をあけるていねいなふるまいもあるが、それを心にとめて、その省略形として幾通りものやり方が考えられることなどを教えてくださいました。相手に対する心づかいをさりげなく自然な形で示すことがこの「停止礼」にも大切であるということでしょう。

 幸せにも日本の秋を感じられる近頃になって、この停止礼を進んでおこなう児童がぐっと増えてきました。こういう機を逃してはいけません。ビジョンを示して夢を語り学校の発展と子どもの変容、教師の専門力アップを目指して方策を実行しているわけですが、機運、潮時というタイミングは大切にしたい。「礼節」は聖徳大学附属の小中高に継続する三つの教育方針(礼節・知育・勤労)の要です。そして礼法の日常化・内面化は本校の教育課題でもあります。さまざまな機会を使ってその実現を図る必要があります。今回、保護者にも「停止礼」の様子をお知らせしましたのも、私達教職員だけではなく保護者にもご協力をお願いして、路上や通路での行き会いの礼儀を、本校の新たな伝統と校風としていきたいと切望したからでありました。過渡期には「凡事徹底」が欠かせません。「停止礼ノススメ」の次第です。



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