HOME > 学校生活 > 校長室だより

学校生活

  • 施設・設備紹介
  • 教員紹介
  • 登下校対策・安全対策
  • 年間行事
  • 放課後スクール
  • 制服ガイド
  • 校長室だより
  • 教員研修日誌
  • 校内ギャラリー

学校生活

校長室だより

2013年11月の校長室だより

 

                          聖徳大学附属小学校  校長 佐藤幸雄

 

 先週4年生は、勉強合宿に2泊3日でホテル日航成田に行ってきました。高学年らしい勉強の仕方を身に付けて、新たな学習意欲を喚起し、並びにシンガポール修学旅行のためのホテルステイマナーを体験するねらいがあります。「がっつり」勉強してきました。最終日、この合宿を通して学んだことを作文しました。全員の発表をするまでの時間はとれないので児童と担任がえらんだ6名の児童がスピーチ発表をしました。今回は、その子らの原稿を紹介いたします。みんなよくがんばりました。

 

<勉強合宿をふりかえって>

 ぼくは勉強合宿をふりかえって、ぼくがかわったなと思います。その理由は、夏休み中にワークが20まいくらいまでしかおわらなかったけど、勉強合宿では2倍の40まいできました。なぜ、ここまでできたか考えてみると、たぶんゲームもできないで、にげだせないし、集中して算数ができたからだと思いました。次に、この勉強合宿で一番心にのこったのは、成田空港のてんぼう台で夕日がしずむのを見たことと、ひこうきが着陸するのと飛ぶところを見たことです。それはすごかったです。さいごにぼくはこう思いました。集中すれば、ワークを3さつぐらい終わるのかな、と思いました。

 

<この3日間をふりかえって>

 私は、この勉強合宿をふりかえって、自分はまだまだ弱いと思いました。なぜかというと、自学自習の時、友達に話しかけられた時に、つい話してしまったからです。自分で分かっていたのにやめられなかった所をこうかいしています。成田空港の見学では「静かに見学!」と言われたのにさわいじゃいました。でも、そういう自分の悪い所だけではなく良い所も見つけられました。それはホテルのステイマナーです。とくに音のマナー・食事中のくちゃくちゃする音・足音なのです。私は足音がドスドスいってしまうので、勉強合宿で直そうと思いました。これから授業中に話しかけられたら話さずもっとしんけんに授業をしたいと思いました。

 

<勉強合宿をふりかえって>

 わたしが勉強合宿で成長したことは、勉強するときのしせいです。勉強合宿に行く前は勉強するときにせなかがまるまっていたけれど、勉強合宿が始まってからはせすじが「ピン!」とのびるようになりました。せすじが自然にのびるようになってからは、身の回りが学校や家にいるときよりもきれいになったので気持ち良くなりました。学校に帰ってもせすじをのばして今よりも、もっと勉強が楽しくなったらいいなと思います。わたしが体験したことの中で一番すごいと思ったことは、成田空港の展望デッキで廣野さんと栗原さんといっしょ見た夕日です。夕日がしずんだあともそのまわりがきらきらかがやいてました。とてもきれいでした。

 

<達成感が大事>

 勉強とは何か。私はそれを聞いた時、自分はこれを書きたいと思いました。なぜならそれは、私が前から考えていたことだからです。勉強をおわらせた時、どんな気持ちになるか。人によって考えはさまざまですが、私はこう考えました。それは達成感を味わえるということです。小さいころは、勉強はかしこくなるためにあるのだと思っていました。たしかにそれは大切です。でもその前にもっと大切なステップがあるのではないでしょうか。それが達成感を味わえる、ということなのです。なぜそう考えたかというと、勉強は楽しくなってこないと自分からすすんで勉強ができません。つまり、そんなにかしこくなれないということです。勉強を終わらせた時の達成感が勉強を楽しくさせるのではないでしょうか。ですから、私は達成感がとても大事だと思いました。勉強は楽しくなるし頭もよくなる。一石二鳥です。私はこの達成感をみなさんにとても強く伝えたいです。これからも勉強をがんばっていこうと思います。

 

<自分にとって勉強とは>

 みなさんの中で勉強なんてつまらないと思った時はありますか。確かにそうかもしれません。だけど勉強は、努力でつくる最高の料理かなと思います。なぜかというと、努力は自分でつくらないといけないからです。手作りがおいしいと思う人は数多くいるでしょう。そして料理するには塩などのこうしん料というものをかけたりまぜたりします。勉強のこうしん料は知しきかなと思います。なぜなら、テレビ、ニュース、新聞などで得た知しきは、学校で役立つこともあるからです。たとえば理科で、テレビでやっていた実験がそのまま学校ででるものもあります。そして勉強はいい大人になるための栄養になるのです。

 

<勉強合宿をふり返って>

 私は勉強合宿をふり返ってこう思いました。自分は少しだけ成長したと思います。どこかというと聞く力と読み書きの力です。今までは気がつかなかったけれど、改めて気がつきました。なぜ聞く力と読み書きの力なのかというと、この合宿では講話と自学自習を7回もしましたけど、なによりのしょうこは模擬テストで自分が思ったより点がとれたことと、尾上君にほめられたことです。校長先生の講話でたくさん書きとっていたら「すごいな。」とほめられました。だから聞く力と読み書きの力なのです。テーマを通して考えたことは、考えて考えてがんばらなければ何も進まないことです。友達がいなかったらきっと私はくたびれて何もやらなかったでしょう。でも友達がいたからがんばれたのです。これからもがんばっていきたいです。



                           聖徳大学附属小学校   校長 佐藤幸雄

    

 天野祐吉氏をご存じでしょうか。この秋逝去したコラムニストです。1980年代一世を風靡した雑誌「広告批評」を創刊して長年編集長の椅子を占めていましたが、その後は朝日新聞に「CMウオッチング」や「CM天気図」のコラムを亡くなるまで連載していました。広告を批評するという世界で初めての文化活動を立ち上げ、社会に定着させた功績は昭和・平成のマスコミ文化史に欠かせない人物として長く記憶されるのではないでしょうか。

 

 この方を見かけたことがありました。ずっと以前附属中高の副校長であった倉持信雄先生がご逝去された通夜の寺で、天野祐吉の姿を見たのでした。へえ倉持先生の教え子なのかなと思ってそれから親しみを感じていました。テレビにもよく出演していました。NHKの追悼番組では、氏の最近のコラムが一つ紹介されたのですが、そこで今回タイトルに掲げた「別品」ということばを知りました。

 

「むかしの中国では、品評会などでの入選順位を、一等・二等・三等…ではなく、一品・二品・三品…と呼んだ」そうです。「で、その審査のモノサシでははかれないが、すぐれて個性的なものを『別品』と呼んで評価したという。…世界で一位とか二位とか、何かにつけてそんな順位を競い合う野暮な国よりも」「『別品』の国がいいし、この国にはそれだけの社会的・文化的資産もある。」

 

 この紹介を見て、私の心にはすぐ本校の特色的な活動が浮かびました。礼法・会食・明和班活動。これらはまさに子どもの心を育てていく他校とは順位のつけられない本校の「別品」ではないでしょうか。そして、天野さんの文章には、別品という存在が世界に誇りうるだけの価値があるのではないかというニュアンスが感じられますが、私はここから、他校との比較というちっちゃい違いに拘泥するといういじましい心ではない、世界に目を向けるひろやかな心で礼法・会食・明和班活動を見ていくことに気づかされたのでした。そう考えてみればその三教育は世界に通用する教育活動ではないかと思えてきたのです。「それだけの社会的・文化的資産」でしょう。そのような活動を恒常的に展開できる礼法室や食堂をもつ本校の教育環境のなんというありがたさか。

 

 先週から中学入試のための面接練習を6年生を相手に校長室で行なっています。はじめに附属女子中学を内部進学で受験する女子や受験日の早い単願推薦で受験する子のためにやりました。礼法の授業では、面接の作法としてドアの入り方、椅子に座るまでの振舞いなど学習していますから、子ども達も神妙な面持ちで校長室のドアをノックします。こんな緊張はまず今までに経験したことがないことでしょう。

 

 そこで、必ず将来の夢を聞いています。これは受験面接の定番質問項目です。まだ決まっていません、という子ももちろんいてそれは当然だろうと思います。しかし、多くの6年生が夢をはっきり語るのには驚きます。さらに驚くのはそれが具体的であることと、世界に目を向けた将来像を描いているということです。曰く、アメリカで脳外科医になりたいとか、フランスにパティシエ修行にいくとか、まず日本のプロ野球選手になるとかです。それを聞いて私は、子ども達の目が世界を向いているとき、私たち教員の視線はどうだろうかと自問する必要を感じます。

 

 自分の進路をめざす子ども一人一人の学力と人格の基盤を本校の教育方針にのっとってつくってあげたいと思います。その基盤の持ち主は世界をめざしていくのです。私たちの授業が世界に通用するようなものになっていなくてどうなるでしょうか。私たちの教育活動が世界に通用するだけの価値のある活動になっていなくて子どもたちの学力・人格が世界にはばたくものになるでしょうか。大風呂敷を広げたような言い草になっていますが、私たちの視線ははるか将来を見つめていきたいと思います。



校長室だより 「響き」 22号

                                    聖徳大学附属小学校

                                    校長 佐藤幸雄

          聖徳祭アンケート結果から

 

 忙しさにかまけて「響き」発行が途絶えていました。失礼しました。聖徳祭のアンケートご提出ありがとうございます。やはり外の目というのは貴重なものです。内の目を相対化してくれたり覚醒化してくれたり考えさせてくれたりします。お考えや立場がそれぞれちがいますから正反対の意見・感想もあります。しかし、それら一通一通が学校を支え、よくするカンフル剤なのだと考えます。来年の聖徳祭に向けて大切に検討していきます。

昨日現在でいただいた137通のアンケートを集計してみますと、無記名5段階評価で、⑤・・・79通(57.6%) ④・・・45通(32.8%) ③・・・10通(7.7%) ②・・・3通(2.3%) ①・・・無 でした。本日職員会議で聖徳祭の反省を行ないますが、アンケートから浮かび上がった検討観点を会議でもしっかり話し合っていきたいと思います。

 

<入場方法>

 整理券配布方式で、番号順に少しずつ入場することに改善してみました。並んでいる方のみ一人1枚の配布にして席取りをしないようにもしました。大方の感想は、入場がゆったりして混乱や不快な思いが昨年より減ったというものでした。ご協力に感謝いたします。効果はあったと評価したいと思います。しかし、それはおかしいじゃないかということも起こったようです。整理券配布間際に並んでいる方の関係者が列に入ってくるということです。私もそれを読んでうーんとうなりました。そこまで決めていなかったこととはいえ、教育の場でのことです。改善の意図を汲んでいただいてルールをかいくぐるような行為は自ら自粛していただきたかったと思いました。何か事情があったのかもしれませんがご協力をいただきたいところです。

 

<観覧席の設定>

 頭の痛い観点です。フロアの大きさに限りがありますからなかなか妙案が浮かばないで臨んでいるのが現状です。もちろん今回も一つの結論を出して設定しましたが、事前告知が足りずその意図がわからなかったという感想をいただきました。そうだったなあと思います。幼児席、その付添者、敬老席、来賓席、下のフロアで出演している児童が見えないこと、だから前列に入替席を設定してみようかという考えもあること、しかし、入れ替わった人が戻る席はどこに?、また後ろでもよいから落ち着いて全部見たいのだという方の存在、など難問が輻輳して解が出せないでいますが、来年までには一定の改善策をつくっていきます。

 

<ビデオ撮影>

 これは、業者さんのDVD撮影・販売が事態を動かすきっかけになるかと感じました。その販売DVDがどのぐらいの質の出来上がりになるのか、実際的にはまだわからないのですが、最大公約数的な満足が大きければ、保護者の撮影は一定の場所に限ることを考えてもよいのではないか。わが子だけを見るのではなく舞台全体の表現をじっくり見てもらうことを大切にしていくのが本来ではないかと思い直しはじめたからです。そのようなご意見が数通あり考えさせられました。また、小学校ではまだ問題になっていませんが、今、女子校の文化祭では映像流出が問題になっています。撮影者も許可制にしている学校が出てきました。

 

<教員への要望>

 昨年度もあり、今回も声の聞こえなさ、小ささの指摘がありました。低・中学年では音読・朝の歌など取り組んで少しでも声が前に出ていく子をめざしていますが、全体ではまだまだですね。早目の準備ということも大切でしょう。動き、セリフ覚えに不安ではおもいっきりできません。早目ということでは家庭で準備するものはもっと早い時期に言ってほしいという当然の要望もありました。フロアの子への配慮(顔が見えない、暗い)、舞台準備の先生方の服装のめだたない配慮、展示発表が見きれないのでその延長願いなどの要望も考えていきたい。舞台終了後のふれあい広場での保護者引き渡しの混雑は、ご指摘通り改善の余地が大いにありでした。知恵を出していきます。三位一体の聖徳祭。貴重なご意見を生かします。 



聖徳大学附属小学校

校長  佐藤 幸雄


 10月19日(土)に聖徳大学の川並香順記念講堂で、聖徳学園の創立80周年記念
式典が行われ、その後体育館で記念祝賀会も開催されましたことは、本校聖徳祭
舞台発表の「全校ページェント」冒頭のスライド映写にて一部紹介いたしました。
私も参列してまいりましたが、たいへんな数の来客で、祝賀会では川並弘純学園
長先生にご挨拶するお客様が最初から最後まで列をなしていました。


 お見えになった方々には帰りに記念品が配られたのですが、その中に記念誌な
どとともに厚みのある一冊の本がありました。書名は『川並弘昭 自伝』。表紙
カバーには、そのシンプルでストレートな題名にふさわしい明朝体の活字が右側
に大きく位置取られ、亡くなった弘昭前学園長先生自筆の「和」(毛筆)と破顔
一笑した先生のお顔(本校の卒業アルバムにも何回も採用させていただいた弘昭
先生というとこのイメージのお顔)が全体を上下にしてレイアウトされています。
(下がその表紙です)


川並弘昭自伝.jpg 

 

 先生ご次男の学園常務理事、川並芳純先生の「あとがき」によりますと、この
自伝は「弘昭先生のご意志により自伝を出版しておきたいとの事で、平成14年8
月24日に1回目のお話を頂き、その後回を重ね平成15年1月14日、第12回で中断」
となっていましたが、文章化され修正加筆後、先生ご自身が最後に訂正されて成
ったものだそうです。現学園長先生によって創立80周年記念として本自伝は御魂
に捧げられていますが、本年は故弘昭先生の三回忌でもあるのでした。


 今回は、創立80周年と『川並弘昭 自伝』出版をお祝いして、全351ページの印
象的な文章からいくつか引用させていただいて故川並弘昭先生をお偲びしたいと
思います。

 

 「私は、昭和8年4月10日、父川並香順と母孝子が開いた聖徳家政学院・新井宿幼
稚園の第一回入学式の日に生まれました。…実はこの年の1月、父と母は、私の姉
の泰子(やすこ)を思いもよらぬ結核性脳膜炎で亡くしています。姉は満2歳の
誕生日を迎えたばかりのかわいい盛りでしたので、両親の悲嘆は限りがなかった
と思います。とりわけ父は自らを責め、日ごとに憔悴していく姿は、はた目にも
見るに忍びなかった、と聞いています。


 地獄のような懊悩にさいなまれていた父の心に、ある日、一筋の光がさしまし
た。『わが子に注ぐ愛を、広く世の子どもに注ごう。母となって命を生み育てる
女子教育に身を捧げよう。このことこそ、泰子が命をもって示してくれた道では
ないか』と。


 それは真宗の僧籍にあった父にとって、阿弥陀如来からの啓示でもあり、まさ
しく命がけの『発心』であったろうと、いまの私は思っています。」

 

 「母は、昭和48年5月13日、『母の日』の夕刻に亡くなりました。…母は、父の亡
くなったとき、学園の同窓会紙に「故人と同じように、斃れてのち已まんの精神
で、邁進していく覚悟でございます」と、常の母にしては堅い言葉を綴っていま
す。…気苦労の絶え間なかった学長の職を、きっとこの覚悟で懸命にやりとげた
のだろうと、父と母の学校が空襲で焼けた日に、国民学校6年生の私が初めて母
をかわいそうだと思ったあの感情を、思い出すことがあります。」

 

 「コンピュータによるビル管理という考えがようやく走り出したときで、…シス
テム管理という点ではまだまだでした。例えば、私が見学に行った長崎大学の医
学部などにも大きなコンピュータが入っていましたが、私が考えているような作
業をさせていないのです。


 そんなことで、まったく一から作らざるを得ず、…『こういうシステムを作り
たい』と言ったのですが、見積もりに応じたのは三菱と日立の2社だけでした。
後は全部、『うちの技術ではできません。10年早い』という返事でした。だから
『うちは10年後じゃなくて、いま作るんだ。10年早いのではなくて、おたくが10
年遅すぎるんだ』と言ってやりました。」



「実は、あまり知られていないように思いますが、『和ヲ以テ貴シト為ス』は、
中国の『論語』の一説『礼ノ用ハ和ヲ貴シト為ス』が原典です。つまり、和の根
本は礼、礼儀であると。和のあるところに礼があり、礼のないところに和がない、
ということなのでしょう。


『論語』で孔子が繰り返し、繰り返し説いているのは、人間に最も大切なのは礼
であり、それは人の道であり、心であるということです。」



「現代の教育現場では、極端な言い方をすれば、日本が昔から大事にしてきた親
を敬え、先祖を敬えというような考え方を捨てて、新しく、自分たちが好きなも
のを好きなように作ることが一番の文化であるようにいわれています。


 だからこそ私は、いまの日本人に一番欠けているもの、若いときにしっかりと
身につけていなければならないことを、聖徳学園の人間教育の根本にしようと考
えました。それで、小学校から礼法をやり、会食をやり、お習字をやり、校外学
習で合唱をやり、そして音楽に親しむということを、大事な教育として実践して
います。」

 





校長室だよりのトップページ