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学校生活

校長室だより

2017年1月の校長室だより

平成28年度 学校だより 1月号

 

  「新しい明日に向かってがんばろう」

 

聖徳大学附属小学校

 校長  佐藤 幸雄

 

    新年あけましておめでとうございます。

新しい年をご家族で爽やかにお迎えのこととお慶び申し上げます。

本年も子ども達の健やかな成長を願い、教職員一同、心を合わせて子ども達の教育に専念いたします。

 皆様の温かいご理解とご支援を心よりお願い申し上げます。

 

   日本がここに集る初詣 山口誓子   平成29年元旦

 

 まず、掲げた新春句、「集る」は小学校では「集まる」として教えるのはご存知の通りです。しかし、これは文学作品ということで原句通りこのまま掲載します。校正ミスではありませんのであしからず。(でもなんで「集る」なのでしょうかね?手元の『新明解国語辞典』を引いたら、「集(ま)る」となっていました。一瞬驚きました。「集る」でもよいっていうの?送り仮名にはさまざまな例外があって漢字テストでも○にするか×にするか昔から議論がありますが、「集まる」が「集る」でも可というのは寡聞にも私は聞いたことはありませんでしたので驚いたわけです。こうなると調べないではいられません。辞書のページをよく読むと「集める」には「集(め)る」とはありません。集めるは他動詞です。集まるは自動詞です。今度は『古典基礎語辞典』を繰ってみたら、集まるは、古典語では「あつま・る」でラ行四段活用、集めるは「あつ・む」でマ行下二段活用ということがわかります。ああ、これで検討がつきました。この活用しない語幹部分がポイント。昔は「集まる」は「集る」だったのでしょうね(「集める」は「集む」)。もしかしたら戦後の新送り仮名の規則で、「集る」が「あつまる」なのか「あつめる」なのか迷ってしまうので「集まる」「集める」と送り仮名で明確にして読み間違わないようにしたのでしょうか)。新年からこまかい穿鑿で失礼しました。しかし、"神は細部に宿り給う"という私のすきな格言もあります。お許しください。

 

 子どもたちから多くの年賀状をいただきました。うれしくありがたいことです。そのなかに年賀状らしく新しい年の決意を俳句と一言とで書いてある一枚がありました。なにかとても励まされました。紹介させてもらって私からの新年のあいさつに代えさせていただきます。

 

  「はいく  新しい明日に向かってがんばろう

 

       今年こそ会食でのこる回数をへらしたいです」

 

 まず、「はいく」というのに微笑みます。ある節目のときに自分の心持ちをなにかの形に載せて表現していく。そのなにかの一つが俳句であるということは、日本の文化に生きている者としてとっても素晴らしい習慣ではないでしょうか。毎週俳句を紹介してきた甲斐があるというものです。

 

   俳句には季語とか切れ字とか五七五とかルールがありますが、まず詠んでみようという気持ちが出発点です。散文的な文章のなかであれば陳腐にも聞こえる一文ですが、このように定型におさまるとぐっと訴えてきますね。私もほんとうにがんばらなくては、と思います。

 

 そして一言の方はというと、その俳句から導き出されたのでしょう、けなげな決意表明です。その素直な心、学校への響き合い、自分が学んでいる学校の価値を大切にしていこうという前向きな姿勢。この純な心情には心打たれないわけにはいきません。

 

 多様な子どもたちが通っている聖徳大学附属小学校。その一人一人の特性を見つめてそれを生かして、本校の価値を心から大切に思っていけるように日々新たに明日に向かってがんばっていかなくてはいけない、と抱いた正月でありました。

 

 どうぞ、今年もよろしくお願いいたします。

 



平成28年度 学校だより 12月号

 

            ありがとう、川並香順・孝子・弘昭先生

            ―創立30周年記念行事を無事終えて―

 

聖徳大学附属小学校

 校長  佐藤 幸雄

 

 振り返ってみれば今年度も行事の天候には恵まれてきました。運動会にはじまり、望月校外学習、すいかわり、全校遠足、聖徳祭、一輪車大会と軒並み晴天のなかでの開催でした。全校遠足、聖徳祭、一輪車大会では、翌日が雨というのですから天気の神様は聖徳小びいきだぜ、と一人ほくそ笑んでしまいました。

 

 そして、ぜったいに晴れを願った1116日。空には秋雲がたなびいて、高い空がひときわ高く感じられたのは私だけではなかったと思います。和の心が蒼穹に響き渡る一日となりました。

 

 

    天高し亡き創立者の和の心

 

 

本校の創立30周年記念行事はおかげをもちまして350人を超えるお客様のご参集を得て滞りなく終えることができました。これまで本校を温かく見守り今日までお育ていただいたすべての皆様に、心よりお礼を申し上げます。

 

 当日、記念式典の前に胸像除幕式が執り行われました。これまで校門で子ども達を迎えてくれていた香順・孝子先生の胸像を、この機会に新設する弘昭先生の胸像とともに児童玄関の室内に三体並べて設置いたしました。これで学園の創立者と附属小学校の創立者と二代の創立者の像が児童を見守ってくれることになりました。出入りする玄関の同じ床面に置かれていますので、子どもたちはこれまでより身近に創立者を感じるのではないでしょうか。そして、もう一つうまい具合にいったことがあります。胸像背面の壁に定礎が嵌められていますが、そこには弘昭先生の筆で「和」の字が刻まれています。その一文字がぴったり像の間からのぞいているのです。それはまるで仏像の光背のように創立者の願いを現しているようです。

 

 式典では、川並知子名誉学園長先生も、弘純学園長先生も建設当時の思い出をお話ししておられましたが、学園長先生が話された校庭には教科書に出てくる樹木はすべて植えたというエピソードに、ある方がとても興味深い反応を示して、式典後の祝賀会の乾杯の場面で、ある実物を見せながらこの学校の校庭はすばらしいと感嘆するお話をしてくださったのでした。その方は、千葉県私学振興財団理事長で千葉明徳学園理事長でもある福中儀明様でしたが、本当に校庭にそれらの樹が植えてあるかと祝賀会前に校庭を見に行ったそうです。そして見せてくださった実物とはさまざまなドングリの実でした。一つ一つつまみながら、これはマテバシイ、これはクヌギ、コナラ、アカガシ、シラガシ、スダジイと見つけてきたドングリを教えてくださいました。そして一言。「校庭にこんなにドングリの種類がある学校はないんじゃないか」と。なにかとてもうれしく愉しい気分になりました。

 

 話は前後しますが、式典では森田健作千葉県知事の祝辞もあったのです。残念ながら知事本人は会議があるということでご来校は叶いませんでしたが、総務部次長吉野毅様が代理出席してくださり、知事の祝辞を読んでくださいました。その文言には、本校が豊かな人間性と真の意味の学力を備えた「人づくり」の実現に努めてきたことに敬意を示されたあとに以下のような言葉が続きました。

 

......世界を舞台に活躍する若者が増えている現在、思いやりや協調性といった「心」の教育は、改めて重要な課題となっていると思います。県でも昨年度『千葉県の教育の振興に関する大綱』を策定し"家族への愛情と感謝の心 他人を思いやる心 すべてのいのちを尊重する心など豊かな人間性や道徳心を育むこと"など人間性豊かな子どもたちの教育に努めているところです。聖徳大学附属小学校におかれましては今後とも『和の精神』による人間教育に努めていただき、本県私学教育の発展に引き続き御尽力賜りますようお願い申しあげます。......」

 

 私は祝辞を聞きながら、本校の教育が同時代のグローバルな視野の中で、現代的な教育課題にきちんと対応していることを知事自ら認識してくださっていることに、大いなるエネルギーをいただいた気がしました。

 

 本校のこれからを人の一生に譬えれば、三十代、四十代と一番油ののってくる働き盛りの時期を迎えます。それを思えばこれまで築き上げてきた礼節・知育・勤労の「和の教育」をこれからもますます貫いて、そのために叡智と努力を傾けていく所存です。





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