【イベントレポート】家族の未来について考える
3月2日(土)に、第2回目となる聖徳大学心理教育相談所主催のシンポジウム「家族の未来について考える~日本の家族はどのように変化するか~」が開催されました。
【第Ⅰ部】基調講演「変わりゆく“家族”~無縁社会とどう向きあうか~」
基調講演は「変わりゆく家族~無縁社会とどう向きあうか~」と題し、聖徳大学心理・福祉学部長の岡堂哲雄教授がお話されました。
岡堂教授によると、日本の家庭は、家族や地域、会社との縁が無力化し、無縁社会となっているそうです。
まず、土地や地域との縁の結びつきがどんどん弱くなっているそうです。そうすると、隣の人に助けてもらうということが難しくなります。自分中心の考え方が、民主主義の美名のもとに広がっていったかもしれないとのことでした。災害時など、問題や課題があると、人はまとまるそうです。しかし、長続きしません。それを何とか続けていく方法は、作られていないといいます。
また、一神教の社会においては、教会を中心とした縁があるそうです。日本においては、寺や神社に所属することで、檀家として連帯していたといいます。現在は、檀家が形式的になっていて、危機対応に役立っていないように感じられるそうです。
そういうことに代わる仕組みを作り出していかないと、弱い立場の人は辛い状況に追い込まれるだろうとのことでした。
岡堂教授は、人間の絆が壊れる方向に向かっているのは明らかだといいます。今のままだと、家族はバラバラになっていくだろうと予想できるそうです。そうならないために、親子・兄弟の関係を、そして命の繋がりを大切にするように、家族のあり方を教育する必要があるのではないかということでした。
【第Ⅱ部】シンポジウム「日本の家族の未来について考える」
「日本の家族の未来について考える」というテーマで、シンポジウムを行いました。
村尾泰弘教授(立正大学社会福祉学部)は、現代非行の特徴と家族の問題についてお話されました。
近年、少年非行が凶悪化したように感じられますが、実際には凶悪化しているとは言えないそうです。
一昔前の少年非行というと、カツアゲ(恐喝)がありました。カツアゲには、ターゲットを捕まえてすごむという話術が必要です。近年は、カツアゲが減り、ひったくりが増えているそうです。ひったくりは、コミュニケーションが介在しません。
凶悪事件が増えたというよりも、非コミュニケーション型の非行が増えたと考えられるそうです。
そして、現代の子供は、集団を形成する力が弱まっているそうです。ごく普通の生徒が、いきなり凶悪な非行をすると言われていますが、実は、「一見普通に見える」少年なのではないかということでした。現代の非行少年は、徒党を組んで何かをすることが少なくなっているそうです。昔はグループを作っていたから、非行グループ、真面目な子のグループと違いが分かりやすかったが、近年はひとりひとり腹を割って話してみないと、どんな子か見えてこないのではないかということでした。
背景には、子どもの自己愛の問題があるのではないかといいます。自信もないのに、人を人とも思わない、実力もないのにプライドだけは高く、独特の傷つき易さが特徴であるそうです。親との間に、きちんとした情緒的交流が持てていないことが、その背景にあるそうです。親が一方的に自分の願望を子どもに押し付けていると、子どもは本来の自分が育たないといいます。最近の若者のキレるという現象も、自己愛によるものではないかとのことでした。
最近の子供の、引きこもりや、校内暴力、家庭内暴力には、自己愛的な子どもの人間関係における傷つきやすさが背景にあるのではないかということでした。そしてそれは、親子のコミュニケーション不全が大きな原因の一つであると考えられるそうです。それが、若者たちのコミュニケーション不全にも及んでいるそうです。
佐々木裕子准教授(聖徳大学心理・福祉学部)は、2年間のアメリカ生活の経験に基づき、アメリカと日本の家族の比較を行った後、日本らしい家族とは何かについてお話されました。
アメリカの家族と日本の家族では、家族の定義の違い、夫婦関係の違い、親子関係の違いという3つの大きな違いがみられるそうです。
まず、アメリカでは、離婚・再婚が多く、血縁関係を前提としない家族が当たり前で、家族の枠が非常に緩やかで多様なのだそうです。
次に、アメリカでは夫婦二人の時間を大切にする文化があるそうです。寝室も親子で別々であり、日本のような親子で川の字になって寝るという文化とは異なるそうです。
そして、アメリカの親子関係では、子どもが思春期になったら自分の判断で行動できるよう、幼い内は親が子どもを悪い環境から保護し、正しく導かなければならないという意識があるそうです。
一方、日本においては、子どもの自立は親が育てるものではなく、当然のものと認識されているという違いがあるとのことでした。また、日本の家の構造と、日本の家族関係は切り離せないものではないかと考えられたそうです。日本の家の特徴には、靴を脱いで家に入るという、内と外の明確な境界があり、家族が外部から守られている感覚があるということ。そして、部屋が襖で仕切られており、境界が不明確で、お互いの様子を窺える親子関係があるということだそうです。家族と他人の枠がはっきりしており、家族内には柔軟な心理的距離があるのではないかということでした。身体的にも心理的にも柔軟な距離感が、日本らしい家族関係の特徴ではないかということでした。
三好和子講師(聖徳大学心理・福祉学部)は、家族療法という心理療法から見た家族の未来についてお話されました。
家族療法というのは、家族関係への心理臨床的な介入を行って、家族関係を健全化し、家族の中で症状を抱える人の問題解決に役立てようとする試みだそうです。家族療法は、1950年代から始まった比較的新しい心理療法であり、症状を持っている人を患者・病人と呼ばず、症状を持つ事で家族に問題があるということを教えてくれている、と考えられるそうです。誰が悪い、ということを探さないということが家族療法の特徴だそうです。三好先生は、家族療法の考え方で様々な心理療法を行っています。
両親と子ども二人というのが、日本における典型的な家族の姿であったのが、近年は離婚の増加や、再婚後の義理の子どもへの虐待の問題も顕在化しているそうです。また、生涯結婚しないことや子どもを持たないというライフスタイルも認められるようになってきており、典型的な日本の家族像は、幻になっているだろうとのことでした。
そのため、シェアハウスのような、血縁を持たない人たちが同居し、思いやりを持って暮らすという新しい家族システムが提案されているそうです。家族療法も、血縁だけではない拡大した人間関係を視野に入れていかなくてはならないのではないか、とのことでした。
ほぼ満員となった会場からは、踏み込んだ質疑も寄せられ、大変有意義なシンポジウムとなりました。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。